調査
第一回
環境構造
調査報告書

2010.4〜
*.
第二回
1から7頁
環境構造
調査報告書

2010.8〜
第二回
8から13頁
環境構造
調査報告書
*.
第三回
環境構造
調査報告書

増水時と
減水時との
比較データ
第三回
環境構造
分析と解説




.魚類の調査
第一回
魚類採集
調査報告書
20.10.5〜
第二回
魚類採集
調査報告書
20.10.10〜
*
水温等の
調査報告書

2010.10〜
2011.1.31










































































ヒナモロコ放流のプロジェクト3ヶ年計画
実行案・
2年度目

ヒナモロコの生息地復元事業
巨瀬川氾濫原・生物多様性保全プロジェクト

「プロジェクト3ヶ年計画」の企画、立案にいたるまで
《里親会活動の総括》

 ヒナモロコ里親会の活動は、:結果として部分的な成果しか達成していない・・・と言う反省が企画、立案の出発点である。


 過去の活動を冷静に振り返ると、成果の達成が不十分なその原因の最大のものは「水槽を利用した繁殖が、簡単に可能」と言う点に寄っかかった「自己満足」であった、と言わざるを得ない。  (以下敬称略)                  ・・・・・・・・ (数字は年号)

 再発見(1994)以後、ヒナモロコの繁殖に計画的に関わり、保護活動の成果を出したのは、竹野小学校関係者とPTA・自治会、再発見水路に関係する農家の方々、そして、(財)九州環境管理協会、耳納塾である。行政にあっては、「ヒナモロコ救助隊」の結成と田主丸町天然記念物の指定等々、再発見後の3年間は、新聞各社が積極的に記事を書いてくれたこともあって、異常な盛り上がりを見せた。
 こうして、ヒナモロコの自然界での生息水域として、(1).再発見水路、(2).○○堤、(3).おたから堀、(4).中尾地区水路などが保護水域とされ、増やしたヒナモロコの放流がなされた。更に(5).・・公園の池での自然繁殖も確認されるなどして、ヒナモロコの保護活動は、一定の成果を出した、と見なされ、行政による直接的な「関わり」は終了することになった。

 そうした中で、4年目(1998)からどうするのか、と言うことに回答を出したのは、耳納塾「イーハトーブ耳納の里づくり塾」という“町おこし”ボランティア団体だった。耳納塾は、継続可能なヒナモロコの飼育・増殖と放流の方法として「ヒナモロコの里親制度」というのをスタートさせた。この組織だけがその後の計画的なヒナモロコの繁殖と放流を行う団体として残った。その後(2001年)、「里親制度」は「ヒナモロコ里親会」として、独立した組織に再編され、今日に至っている。
 また、再発見された水路は、関係する農家の努力で、そのままの姿で保護され、ヒナモロコの自然繁殖も続いて今日に至っている。

 ヒナモロコ里親会は、会員も初期の倍の人数となったが、組織の常として、マンネリ化と閉塞感は自然の成り行きである。それを打開するターニングポイントが「竹野地区のほ場整備事業」(2006年から事前調査の開始)だった。当時、活動の中心的存在であった橋本哲男(田主丸養護学校教師)は、この事業に乗っかって、長年のヒナモロコ保護活動そのものが抱える問題を解決し、リスクを回避する絶好の機会と捕らえて、「竹野地区のヒナモロコの保護に関する協議会」の立ち上げに積極的に参加した。
 これは、ヒナモロコ里親会が本格的に行政と関係した初めての事業だった。そのために(社)農村環境整備センターからの補助金をいただくことにもなった。

 しかしながら、彼は翌(2007)年8月、亡くなった。

 彼が抱いた「ヒナモロコの保護に関する立案」は、彼がいてこそ価値がある。骨組みと概要は説明できても、本当の中身は知ることは出来ない。筆者は、彼の意志をどの様に引き継ぐのかと言うことが解らないので、この事業から身を引き、別の会員に一任することにした。

 橋本哲男は、まさにヒナモロコの再発見の以前から、淡水魚の専門家として有名で、一貫してこの保護活動の中心的存在であった。彼の死は、里親会の手足を失ったようにまで私には感じられた。そして、故橋本哲男の資料を整理して「ヒナモロコ小冊子」を編集し、発刊することが私に課せられた使命と思い奮闘した。
 そうする中で、ヒナモロコ里親会の過去の活動を検証し、現実を冷静に見たとき、ヒナモロコ保護活動の置かれている現実は「大変な危機」にあるとの結論に至ったのである。

 その認識は次のことで確信に変わった。

 1.は、「おたから堀」への放流の失敗である。
 2.は、竹野地区のほ場整備事業に関連して造られた「ヒナモロコ自然生息のための実験水路=B水路」での、放流の失敗である。


 これらの事実は、「ヒナモロコの生息出来る水路」を人間が作ることは大変に難しい、と言うことである。
 そのことから、自然の力で形成された水路、河川であって、他の魚類も生息する環境の中にヒナモロコの住みかを定着させることナシには、自然界でのヒナモロコの繁殖を見ることはない、のではないか。
 つまりは、いままでの「ここはヒナモロコの放流に適している、適していない」という人間の判断ではナシに、ヒナモロコの実際の放流をとおして、ヒナモロコ自身にそれを判断させる放流こそが必要だ、ということである。いままでは、このようなポリシー、コンセプトに基づく放流をしたことはなかった。

 とはいえ、これは無差別の放流ではない。

 しかるべき根拠=以前に生息していた証拠がある、などに基づき、環境構造調査、魚類分布調査などを行い、「生物多様性」の環境の中に、その生息の根拠を見出し、そこに放流してこそ自然繁殖へ繋がる道があるのだ、と言う考え方である。
 そのための放流条件に合致するのが、美津留川・古川とその水系に繋がる水路等を含む流域である。「プロジェクト3ヶ年計画」をスタートさせる一年前からの事前調査では、十分に生物の多様性が確保されていると確信した。


◆◆◆ 第 一 回   中 間 報 告 書 ◆◆◆

ヒナモロコ通信 ,ヒナモロコ里親会 ,ヒナモロコ
ページトップに戻

【ヒナモロコ】のホームページをお気に入りに追加しませんか?
ヒナモロコ hinamoroko
ヒナモロコ里親会 看板
                                     ヒナモロコ・2020.2.1

第一回
中間報告書
..



参考資料
過去の
捕獲場所
地図
.
希少水生生物保存対策推進事業
報告書